真夜中のサングラス

夜中に無意味なことをつらつらと

覚悟して泣いて

死生観

不思議な言葉ですね。人間しか考えないでしょうこんなこと。動物にとっては目の前の獲物が全て、先のことより目先の獲物。人間だけが遠くを見据えた利益と今とのバランスを考えれるのではないでしょうか。リスクヘッジ。人を人たらしめるものの一つとして、想像力があります。想像と創造。スクラップ&ビルドで新しいものを生み出し続けてきたのでしょう。代謝や細胞分裂に近い。ガイア理論というものがあります。地球そのものが一つの生命体としてみて、我々人類はそこで営む細菌のようなもの。痛みこそ全て。覚悟とは痛みそのもの。愛とは覚悟。つまり愛と痛みは同一。愛する時は、温もりを得る代わりに相手の痛みさえ引き受ける覚悟が必要です。確かに本当に愛する人の苦しみは、どんな痛みであれ代わってあげたいと思います。だから親が子に対して思う愛情は深いのでしょう。そしてそれは次世代へと受け継がれていく。人類の歴史とは痛みの継承そのもの。少しでも良い明日を未来の子どもたちへ。そんな願いで偉人達が歴史を紡いできたのでしょう。

一瞬の夢と覚悟

悪いニュースが溢れ、人の負の面ばかりを見てしまいがちな時もありますが、豊かな暮らしの恩恵を感謝する日があっていいのではないでしょうか。遠い過去に比べるとはるかに過ごしやすい現代。特に温度による不快感がないことは、冬の始まりにひしひしと感じます。どこへ行っても空調が完備されています最近は。また衣食住が事足りています。それでは何を信じれば幸せになれるのでしょうか。愛という概念こそ幸せになるきっかけでしょうか。では愛を失った人は生きるに値しないのでしょうか。そんなことはないですね。私は覚悟こそ生を享受する代償かと思います。つまりあらゆる幸福は、あらゆる厄災を受け入れる代償。地獄の業火に身を焼かれても、想像しうる最高の夢や幸福を夢想できる。それだけでも生の本質。つまり、どんな過酷な環境でも、どんなに甘い夢を観れただけでも生きるに値する。

生まれた環境を選ぶことはできない。けれど私は、私に生まれてきたからこそ、私らしい幸せを感じることができる。人と比べるとなんてことない人生かもしれない。それでも相対的な価値ではなく、絶対的に私は私に生まれてきてよかった。それが全て。これ以上でもこれ以下でもない。ただ私は私でいられることが誇りであり、信じることができる唯一の真実。迷いや時代の価値観に染まらない、ただただ遠い過去の両親の愛が今の私の行なう全てに繋がる。そんなにも素敵なことは他にあるのでしょうか。人類の壮大な歴史のほんの些細な出来事かもしれない。それでも確かに、確実に私は私というバトンを繋ぐことができる。受け渡すことができる。私にとってこれ以上に意味のあることはないのではないか。

女性の勢いを感じる90年代

人はなんで時に過去にすがりたくなるのでしょうか。幼少期に感じた音と光、そして匂い。それらが心の奥底に残り続けるのでしょう。生まれ持った資質でなく、後天的なものが人格や人間性を作るのでしょうか。そんなことを考えている夜に聞きたい曲をピックアップしてみました。

あなたに会えてよかった/小泉今日子 1991年
慟哭/工藤静香 1993年
世界中の誰よりきっと/中山美穂 1992年
雨/森高千里 1990年

おわかりの通り、80-90年代の女性アイドルの楽曲ですね。今見ると渋い曲名が多いですね。慟哭とか。しっとりと歌い上げるこのケレン味が、幼少期の私の根本に根付いたのでしょう。今聞いてもこの当時をなんとなく記憶でなく、感覚で思い出します。人の想いは、脳だけでなく音や光や匂いが司っている気がします。つまり感覚器官のどこかに染み付いているのでしょう。そして時々それを呼び戻したくなる。思い出っていいものですね、そしてこれを何十年経っても忘れたくない。 

さよならとか。ぜんぶ。眩しいから薄眼で睨む、透明な思い出。

不思議な感覚。異性というのはいつまでも遠い存在のような気がします。たまに、心が通って溶け込んでしまいそうな時もあれば、永遠に交わらない平行線のような虚しさを感じることもあり。何ががうまくいったことは一度もないかもしれません。いや、うまくいったことは何度かありました。うまくいき続けたことがなかったのです。うまくいかないようにしていたのかもしれません、どこかで。

初めて見た映画の思い出

新しい出会いを求めていたのは、前進ではなく逃避だったのでしょう。逃れられない運命の呪いから逃げて、気づけば知らない街で一人きり。次の瞬間はどこにいるかもわかりません。ただ一つ言えることは、隣にあなたはいないでしょう、絶対に。一人で生きて行こうと何度も覚悟したつもりだけれど、気づけばあなたがいる生活を想像してばかり。そうやって小さな希望は少しずつ削られていき、空っぽの中に閉じ込められる。窓から見える夕日が落ちる時、今日一日が終わる時、いつも思い知る。きっと最後の時もこうして、一日の終わりを感じているのだろう。

そろそろ前に進みましょう。掴んだ手が私を拒むなら、いつまでも掴んではいられません。細く痺れたあなたの腕、痺れを切らした私の手。思い出だけを心にしまい、何食わぬ顔でまた会おう。あなたのことを忘れた頃に。

涙の跡

次はどんな顔して会いますか。私は何が好きでしょう、他愛も無いことから始めます。昼の終わりに陽気な顔で。サマージャケットに身を包み、季節外れのブーツを履いて。ギターの音が全てを弾く、すべてが高鳴る。笑いながら裏腹。明日のことは一旦忘れ、週末のことを考える。あなたをどこかに連れ出せたらなら。もう一度、あと何度でも見たくなる、顔。もう一度、あの時の声を聞けたなら、何度でも戻れる。大きすぎる奇跡はいらない、眩しいから目を細めてみる

そして

忘れたくないことが増えていく。どうでもいいことばかり。些細ないさかいなんて忘れてしまい160時間をぶっ飛ばし、あなたと過ごすこのひと時。向こう側で笑うあなた。太陽さえも意味を変え、雨音ですらありがたい。風の匂い、息の匂い。もう思い出さないで、その方が幸せになれる。水面を揺らすのはもう終わり、これが最後であってほしい。穏やかなまどろみの中で、甘い熱を感じていたい。薄く削れた希望を再構成。確かな形に変えていく。そんな未来を願ってもいいでしょう、願うくらいならいくらでも。本当に目が覚めた時、こうしていたことも忘れてしまう。ただこの空間に漂う、この日の私の思いは電気の光として残り続ける、透明な灰の中で。

 

日本はどうなってしまうのか

この国の行く末を憂う。
まるで真綿で首を絞められるかのように、緩やかに死に向かっているような感覚。
悲しいことだけど寿命が過ぎているような気がする。

 

日本らしさが何かはわからないが、全盛期の若さは確実にない。
高度成長期からバブル崩壊辺りまでが成長期としたら、今はもう衰えて行くだけのような感覚。
国とは本来生き物では無いのだからもう一度成長期があっても良さそうだが、今のところまるで期待できない。

何が悪いのか何が原因かはっきりはしないのだが、ゆっくりと死に向かっている様な感覚がある。


国としてどうなっていく、どうなって行きたいかという一体感はなく、個々の自由。個人主義が当たり前になり、皆が自分さえ良ければ良い雰囲気。
何がこの国を支配しているかはわからないが、それこそが支配者達の狙いなんだろう。

実態のない何処かで暗躍している負の概念が支配している。こんな時代に何を残せる?何を残したい?

行き場のない憤り。街の片隅で弱者が吠えても何も変わらない。牙を剥いても到底敵わない。そんなときはどうしたらいい??

今日も世間の話題は馬鹿げた事ばかり。俳優の不倫やら、YouTuberの炎上やら何も生産性の無いことばかり。

 

それでも生きていく為には生活費のために労働をせざるを得ない。その合間に世の中の移り変わりを横目に。合間に未来の子供達に何を残してあげたいのか考える。問いかける自分に。

国政、政策に疑問を感じることばかり。本当に頑張っている人ももちろんいる。しかし、あまりに多勢に無勢。誰かが声を上げるのをみて見ぬふり。
仕方のないことではあるけど。皆毎日の生活に必死。デモや投票では何も変わらないと感じてしまう。

 

あまりにおかしい事が多い。YouTuberねずみさんの動画を見た。彼の言う通り、普通に考えて違和感しかないことばかり起きている。
それらの正体や、真実を知ることができないままこの国で生きていく気味の悪さ
https://youtu.be/JbEB4TAHeMY?si=HT8Ruw_TCDG09HwG

 

別に陰謀論者では無いが、あきらかに陰謀めいたことが起きていることの気味の悪さ。

まるで漫画20世紀少年の様なことが現実に起きている。パンデミック、暗殺、カルト。

なのになぜ皆平然としていられる?

 

あなたはどう感じるだろうか?

映画 プロミシング・ヤング・ウーマン ☆☆☆☆

今年はおもしろい映画を見る率が高い。これもとても素晴らしかった。公開年:2021年の映画。これは昨今の女性の生きづらさを描いていると思う。

女性が社会で生きるということはこんなにもいろんな弊害がある。男性も違う意味で生きづらさはあると思うが性別によって性質が異なる。

 

フジテレビと中居氏の昨今のガバナンス問題にも通づる。立場の弱い女性が権力や男性社会に潰される。傷つけられる。被害者は泣き寝入り。

この仕組みは今に始まった問題ではないだろう。

もっと言えば女性が虐げられていたのは昔の方が酷かったはずだ。選挙権がなかったり社会進出の機会が今よりも少なかったりもしているので。

 

ただ現在も少しは良くなったとしても生きづらさはたくさんある。

そんな虐げられた女性の友人が復讐する話。

復讐物は最近韓国ドラマなどで流行っているようだが、わかりやすくスカッとするので面白い。

しかし、本作の復讐はそこまで痛快ではなく、最後にはある程度のカタルシスはあるものの、どちらかというと復讐に至る経緯を描いた作品。

 

友人を失い諦観の中で暮らしていた主人公が、いろいろなきっかけを得て再起をかける話。

男性本位の世の中で、暴力を暴力で返すのは正しいことではないかもしれないが。

 

プロミシング・ヤング・ウーマンとは将来有望な若い女性という意味。

小説 コンビニ人間 ☆☆

コンビニ人間村田沙耶香さんの第155回(2016年)芥川龍之介賞受賞作

主人公の古倉さんが普通になるためにコンビニで働く話。普通になるというか、普通を装う。
白羽という男が出てくる。彼はいろいろと拗らせた結果、男の悪い部分を煮詰めたような人間。自分の不幸を世間のせいにする他責思考。白羽という男はなかなか駄目な男。
家に泊めてくれた古倉さんに言うことがキツイ。

引用
「古倉さんも、もう少し自覚したほうがいいですよ。あんたなんて、はっきりいって底辺中の底辺で、もう子宮だって老化しているだろうし、性欲処理に使えるような風貌でもなく、かといって男並みに稼いでるわけでもなく、それどころか社員でもない、アルバイト。はっきりいって、ムラからしたらお荷物でしかない、人間の屑ですよ」   

中盤からこの白羽と古倉の関係性が軸に話は動いていく。お互いの利害関係のために恋愛感情は一切ないのに奇妙な同居生活が始まる。

おそらくこの主人公古倉さんは、精神医学でいうと「アスペルガー症候群」と診断されると思われます。人との関わりやコミュニケーションをとることが苦手だったり、興味や行動が偏っていたりするなどの特徴があります。
人と関わること自体はできなくはないのですが、何かの型にはめる、誰かの真似をすることで凌いでいます。「普通」とは何か?がこの作品の根底にはあります。誰だって変なとこはあるが、それが過剰になると変わり者と言われる。その境界線は空気を読むとか世間体とか曖昧なもの。
特に日本はあうんの呼吸とか空気とか、曖昧なものが価値として強く存在する。同調圧力とか。
海外は少ない気がするのはやはり島国と多民族国家の違いはあるのではないだろうか。
海外は海外で別の問題は多いと思うので、どちらが正解というわけではないが、どこへ行っても対人関係の悩みは尽きない。

飽きないように新しい風を

凝り固まった価値観を変えるために、あえて興味のないことをしてみる。人生40年も生きてくると、考え方も行動もワンパターン化してきます。効率とか不快感を取り除くために生きてきた40年のすべてが、行動レベルで染み付いていますね。

 

だからたまに友人の子を見ていると驚く行動ばかりです。子供は自然そのものですね。全力で壁につっこんでいったり、どう考えても片付けが面倒になりそうなことを好奇心だけで試してみたり。驚くことばかりです。昔は自分もこうだったはずなのに。

 

歳を取ると前頭葉が小さくなるそうで、その結果いろいろなことが面倒になるのだとか。

気質の問題ではなく、医学的にそうゆう仕組みになってるんですね。老化するのは鈍化することなんでしょうか。

体が死を受け入れる準備に入ってるんですかね。

 

ワンパターン化すると、何が良くないのでしょうか。自分にとって「快」だと思っていたことが、周りの人に「不快」になっている可能性があります。だから、周りの人の気持ちを知るために、コミュニティの中でいろんな人と関われる人が凄いのでしょう。

 

楽な方ばかりに逃げがちな私は、インドアで自分の世界にいることが好きになってしまいます。だからたまには出かけたり、あえて興味のないことにチャレンジしていつもとは違う刺激を手に入れ、常に風通しの良い精神状態にしたいと思っています。今回はあえてなんの興味もわかない映画などの映像作品を見てみようかと思います。

 

普段は、サスペンスやアクション、ミステリーなどスリルのあるジャンルしか見ない私ですがあえて、OLさんなどが好きそうな恋愛作品を見ようかとおもいます。

 

 

 

そうやって新しいことを始めないと、退屈な日常に襲われる。

 

退屈な日常に蝕まれるために生きていると思わされる。人生はもっと自由になっていい。ときめきやワクワクすることを忘れないように、いつもウキウキしていたい。どんな過酷な仕事の時でも。

 

仕事の責任に潰されそうな夜も。

 

 

 

 

 

 

映画 ゲット・アウト ☆☆☆

少しネタバレあり
夏休みなんで映画を朝から見ました。これは、、朝には向いてない、けれど夜中に見るには怖すぎるので夕方くらいに見るのをお勧めします。なぜ朝に向いてないかというと、若干グロ要素があるからです。そしてサスペンス&ホラーといった感じですね。霊的な怖さはありませんが、オカルト要素はあります。催眠術や洗脳、サイコパス、猟奇殺人という要素がありますね。

黒人ばかり失踪する映画なので、人種差別的な話が多少ありますが、失踪する謎を追う方がメインの内容なので重くなったり考えさせられる内容ではないです。どちらかというとパニックホラーに近い、イかれたサイコ集団とどう戦うかみたいな話です。


Get out=[取り出す・出て行く・逃げ出す]という意味ですが、誰が何から逃げ出し、取り出すかを考えれば、核心に迫ることができますね。
主人公クリスの親友のロッドウィリアムスがとても良い感じです。いかにもいいやつといった感じの、黒人の太っちょ保安官でダイハード1の黒人警官を思い出しますね。彼の活躍があってこその映画でもあります。
とにかくヒロイン?でもあり重要キャラの彼女がすごく演技もよく、怖さもあるのが良かったですね。いいやつなのか、敵なのかみたいなドキドキするシーンがあり、やっぱりそう来たか!という場面や、クライマックスのやりとりなど彼女の怪演がまた魅力でした。
途中のパーティーのシーンでビンゴをやっているところの意味がよくわからなかったのですが、主人公の写真を掲げてのビンゴに見せかけてオークションだったのですね。この辺り流し見していたので、あとでネットで調べて意味がわかりました。

あとグロいところも見れなかったです。手術のシーンがグロすぎて、あれはあかん。どうグロいかというと、映画のハンニバルっぽいといえば分かりやすいかもしれません。そんな脳みそが、、、みたいな。そういう系ダメな人にはオススメできませんが、グロさがメインのスプラッター映画ではないので、多少我慢できるなら良いかもしれません。

ストーリー自体は本当に良くて、ちゃんと序盤の人が連れ去られるシーンの意味なども後半わかったり、起承転結の組み立てがわかりやすいので飽きることなく見れます。あっという間に時間が過ぎてしまいました。
鹿がメタファー?のような使われ方をしていて、序盤で鹿を轢いてしまったり、鹿の剥製で戦ったり、いろんなシーンで出て来ますが、これも調べると虐げられた黒人を鹿を暗喩として表現しているんですね。
人生であと2回くらいは見たい映画でした。