休日の朝は気分が良い

昨日は金曜の夜なのにろくなことしてない。お酒はずいぶん飲んでないから偉いけど、だらだらネットしてしまう生産性のない日々。

今日の土曜は梅雨入りしたというのに、天気もいいのでドライブでもいきますか。

さてどのあたりにいくか。たまにはアウトレットなんて良いかもね。しかし、待ち人まだこないから車の中で待ちぼうけ。

今日はどんな1日になるのでしょう。

不思議

不思議でしょうがない。毎日仕事終わってあれこれやろうと帰るのに、急に全てが面倒になって結局できずにそれが溜まりに溜まってストレスになっている。

今日は夕飯少なめでジムに行こうとしたのに、急にめんどくさくなり早く帰れたからと言ってゲームしてしまった、勉強とか色々したかったのにもう寝る時間。

困ったものだ、自分を管理することが一番困難。

なんて言うか

なんて言うか、気づいたらもう今年も半年終わっていて。何をしてきたのか、何をしてきたいのか。速さがただ怖い。だから意味もなくブログ名を変えようと思う。もっと親しみやすい。言葉。

お茶請け。とか。無意味なほどいい。よくあるのは単語同士の組み合わせですね。何も浮かばないからこのままでいいや。いや真夜中のサングラス。ってどうかな。無意味なものといえば夜のサングラスだし、なんかちょっとだけ深い意味がありそう?恋は盲目的な?くらい時にサングラスして何を見つめるのか。みたいに。だから決定です。

ペットボトルを買いたくない

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ペットボトルを買いたくない。本当に。買っていいことは手軽さだけでなかろうか。それが奴らの罠。手軽さと引き換えに私の生活に入り込む。しかも150円という安さ。これも罠。150円は安いのだろうか。実は積み重なると大きい。1日お茶とコーヒーで2本買ったら300円。それを31日続けると9,300円。

月額9,300円!

高い。

スマホよりも高い。スマホよりも高いのに、スマホ以上の喜びを私に与えてくれているのだろうか。否。

しかも捨てるのが地味にめんどくさい。分別がどうとか。キャップを外すとか意味があるのかよくわからない。

日常に入り込み、しかもたまると美観を損なう。たまって嬉しいのはお金くらいだ。それなのに溜まることで私のお金を奪う。

さらに健康にも悪い。基本的にお茶とコーヒーしか買わないが、コーヒーであれば香料とかが入っている。お茶もパッケージの表示をよく見ると最近は、ビタミンCと記載されている。

ビタミンC?

なぜお茶にビタミンCが必要なのかがわからない。一見するとむしろ健康に良さそうだが、よく考えると何かがおかしい気がする。なぜなら私は、お茶でビタミンCを摂取しようと思っていないからだ。それが入っていることの意味を誰も説明してくれない。それなのに入っている。気づかないのにそばにいる、STAND BY MEか。

求めているものだけを欲しいだけなのに、いらないものを押し付けられている気持ちになる。

求めよさらば与えられん

つまり、私はお茶を買っていると同時に、手軽さを月額9,300円で契約しているのだ。そしてそこに隠れるリスクに気づいたのだ。

だから、水筒を2本持って朝の鞄の中は重たくなる

 

やりきれない夜に

もっと失敗すればいいし、成果なんて出さなければいい。生き急いで苦しいなら、いっそ手を離してしまえばいい。それでも手元に残ったものだけが、本当に必要なもの。
誰にも必要とされていないなら、それで構わない。私もあなたを必要としていない。大人同士の人間関係はとても長い会話のようなもの。「夫婦生活は、長い会話である。」とニーチェは言ったけれど、夫婦に限った話ではないと思います。人間同士なんてわかりあえないことの方が大半です。言葉ではうまく理解できない。So what。
プレッシャーや責任に押しつぶされそうになるけれど、そんなものクソくらえ。柔軟になんかなりたくない。器用になんかなりたくない。うまく馴染んだり溶け込んだりしたくない。異質でありたい、異端でありたい。
上っ面だけ要領よく、うまく取り繕う奴を鼻で笑え。そんなものに意味はない、価値はない。

遠回りでいい、評価されなくていい。役に立たなくていい。苦しまなくていい。なぜならあなたは、「あなたの持つ価値観の中でしか自由になれない。」だったら、周りにどんなに抑圧されようが、あなたの心だけは誰よりも自由でいてください。

そうすることが自由になるためのたった一つの方法。やりたいことをやりなさい。心がときめく方へ進みなさい。迷った時はあえて危険な方を選ぶと、岡本太郎は言っていた。失敗して後悔しなさい。それこそが生きた証。傷こそがあなたの個性。苦しい時に立ち直れる人こそが魅力的な人。

波のように押し寄せる生きる試練。凪のような時を大切に。穏やかな海を見つめて。

 

 

 

 

 

 

 

ダウンタウンの凄さはどこから来るのだろうか

カリスマ性と浜田雅功

成功者になるには、どのような才能が必要なんだろうか。私が理想とし、いつ見てもすごいと思う成功者として、ダウンタウン浜田雅功さんがいます。芸人としてのデビュー以来、常にTVバラエティ界のトップを走り続け、90年代には歌手としても一世を風靡。まさに平成のテレビ界を象徴する芸人さんと言えます。もちろん相方の松本さんもすごい芸人さんですが、どちらかというと松本さんは天才肌なセンスの持ち主なので、孤高の芸術家のような雰囲気を感じます。
今回は単にお笑い芸人としてのセンスだけでなく、圧倒的な人としての凄味を感じる浜田さんの話をします。

 

まず、凄味を感じる理由として、胆力とコミュニケーション能力があると思います。どんな大御所相手にも遠慮なく頭をしばき、むしろ叩かれたいと公言するアイドルやアーティストもたくさんいました。HEY!HEY!HEY!の司会をしていた頃はまだ30代だったと思うのですが、年上の大御所にも物怖じせずバシバシ突っ込んでました。
若い頃はほとんどチンピラのような芸風で、批判的な意見もあったと思います。漫才というよりチンピラの立ち話と揶揄されたりもしていました。しかし、それを圧倒する人気の勢いが余計な批判をかき消すような、台風のような勢いを感じました。最近は自分が大御所となったため、丸くなり貫禄も感じます。
運も才能も持ち合わせデビューから今までずっと売れている。ダウンタウンはなぜこんなにもすごいコンビになったのでしょうか。デビューからという点に一つの鍵があるような気がします。最初から売れっ子というには、つまりその時点でなんかしらの相当な魅力があったのでしょう。しかし、芸人としての技術はその時点では経験がないはずなので、芸人以外の人間的実力のようなものが備わっていたのではないでしょうか。そこが時代の勢いと若さの勢いと相まって一気に加速した。その加速の中で芸人としての経験も備わっていった。

 

根本にあるもの

では、人間的実力とは何か。おそらく知る人ぞ知る、学生時代の過酷な経験が人間的な実力を磨いたのではないでしょうか。刑務所のように規律の厳しい寮生活で、副寮長くらいにまで上り詰めたという逸話があります。
脱走者が現れるような、環境の中で集団生活の中で必要な人間的実力を磨いたのではないでしょうか。特に浜田さんの優れている要素として胆力・根性・交渉力があるかと思います。
特に私がすごいと思ったのが何かのクイズ番組の特番で、まだ若手のダウンタウンが出たエピソードです。たくさんの番組の出演者の集まる中で、それぞれの机の上を土足で走り回る場面がありました。今のテレビでそんなことをやる若手芸人なんていないですね。それなのに干されたりせず、ベテランや大御所にも可愛がられるというのは、人間味の根本が気に入られるのでしょう。

楽屋などでは、とても礼儀正しいという話も聞きます。日本人が人付き合いをする上で「礼儀」というものは、今も昔もとても大事なものですよね。日本の文化の根本にあり、仏教や儒教が生んだ敬意表現。最近は西洋文化の影響も大きいですが、それでも日本人の人付き合いの根本には礼儀の大切さが染みついているような気がします。礼儀とは何かと考えてみると。相手に敬意を払い、相手を立てる。というようなことが自然とできることではないでしょうか。自然にできることで、本当に相手に敬意を持っていることが伝わりますからね。不自然で過剰になると慇懃無礼と思われてしまいます。抜くとこは抜き、締めるところは締める。これが自然にできるというのは、経験や積み重ねの数が物を言うと思います。おそらく過酷な寮生活の集団の中で、体に身についたのではないでしょうか。それが大御所にも愛され、後輩には憧れを抱かれる浜田さんの強みになっているのかと思います。

余談ですが、浜田さんも松本さんも手相に覇王線というものがあるらしいです。これは本当でしょうか。成功者などが持つという覇王線をコンビの二人が持っていたらすごいことですね。まさに伝説のコンビです。