境目でリユニオン

Life is but a dream.

クラウド、私、永遠のワナビー

1997年 夏

次世代ゲームとして発売されたプレイステーションのプラットフォームに、超大作RPGが舞い降りた。その大作の名に恥じぬクオリティと面白さで瞬く間にブームは広がった。それがファイナルファンタジー7。1997年の夏休み私はそれに出会った。

ファイナルファンタジーシリーズで最も知名度が高く、最も壮絶な主人公はクラウド・ストライフではなかろうか。シリーズ7作品目にて最高傑作(私的に)ファイナルファンタジー7の主人公であるクラウドは、強さと弱さを併せ持った実に人間らしいキャラクターだ。最初の登場時はどちらかと言えば人間らしさは皆無なクラウド。序盤はとにかくクールで感情など表に出さないキャラクターでした。

しかし物語が進むにつれ、彼自身の挫折を知り、真実を突きつけられることで実に人間らしいキャラクターになっていきます。冷刻な用心棒であるソルジャーとして登場した彼が、実は自分が思い描いていた人格ではなかったことを知るというのは、とてもよくできたシナリオだったと思います。
あれから20年の時が流れ、当時クラウドになりたかった、そしてなれなかった少年たちは、今ではいい大人になっている。

男子の通過儀礼とは、自分がヒーローではないことを思い知ること

クラウドはいつもセフィロスを追いかけていた。ソルジャーに憧れていた。そして病んでいた。こんなにも、RPGの主人公として情緒不安定なヒーローがいただろうか。思えば当時の世相を反映していたようにも思える。この頃は、エヴァンゲリオンに始まり、どこか陰鬱な雰囲気を持った主人公が流行っていた気がする。
自分は特別な力を持ったヒーローではないという絶望。男の子が大人になるための通過儀礼は、自分は世界の救世主でもなく、特別な何者でもないという現実を受け入れることではないだろうか。まさにクラウドはそんな主人公であった。
(ちなみに女の子の通過儀礼は、白馬に乗った王子様が自分を迎えにこないことに気づくことだろう。)
自分しか操縦できない巨大ロボのパイロットには選ばれないし、引き出しから猫型ロボットもでてこない。もちろん空から女の子も降ってこない。

幻想は打ち砕かれる

しかし、それでも従来のフィクションの世界では何らかの奇跡は起きた。どんなに駄目な主人公でも、何か奇跡のような事が起きた。しかし、クラウドには何もおこらなかった。セフィロスに、そして1stクラスのソルジャーに憧れ続けたクラウドは、何にもなれなかった。それどころか、自分が見てきたと思ってきた出来事ですら、ザックスの思い出だった。初恋の思い出さえも。男子にとってこんなにも悲しい話はあるだろうか。
ゲームという空想の中で空想を見続けていたクラウド。現実の世界の中でクラウドという幻想を見続けていた私。

あの夏、クラウドは幻想になり。私はクラウドになった。
それから20年が経ち、結局何者にもなれなかった私。

今も私の魂は、ゴンガガの岬からポリゴンで作られた海を見つめている。

おわり

 MM.11983